救われなくても自由でいる

某宗教団体に出家するとかの女優さんが話題のようで。


あーだこーだと休憩室で話していて改めて、日本って信仰の自由が確立されてるよねえ、と。

我が家なんかその最たるもので、私の母方の祖父は熱心なキリスト教徒。でも祖母は「キリストさん(信仰するの)はイヤ」と簡素ながらもしつらえた仏壇にお花や水を欠かさなかった。
お墓も別々。祖父は通っていた教会の共同墓地に、祖母はお寺さんに。夫婦仲良かったけどこれと信仰は別、と本人たちも納得済のことなので無問題。遺された方も当たり前に受け入れているけど、珍しいっちゃーそうなのか。

その子供たちも小さい頃は教会にも出入りしたようだけど結局、洗礼を受けたのは長男さんだけ(でも伯父さんのお葬式は仏式だったな…あれ?)。伯母は熱心な某○会の信者だし、ウチの母は、父親の形見の聖書を大事にし、普通に家のお仏壇に花を供え、お墓参りにも行く。暖かくなったらご近所さんたちと西国三十三箇所めぐりを始めるらしい。もちろんクリスマスにはケーキをおいしくいただくし、初詣にも行く。


神様…目に見えないけれど何らかの力(をもつもの)は居るんだろう。でも例えば『誰か/何か』をその絶対対象として信仰することは、わたしはこれから先も多分、ない。信じて委ねる先がある方が、楽かもしれないし幸せを味わいやすそうだな、と思う時もあるけれど。


小難しくなって頭の中もこんがらがってきた(>_<) 手も冷えてきたので、この辺で。